惡の華と自転車男

『…一緒に行く?今度の日曜日とか…』

『…いいよ。』

私は帰り路、アニメ『惡の華』の第四話をタブレット端末で見ていた。主人公・春日がヒロイン・佐伯さんをデートに誘うことに成功したシーンだ。

『春日くん、日曜日、佐伯さんとデートするんでしょ』

仲村さんだ。

『…よくやった!嬉しい!?興奮する!?ドキドキしてる!?』

春日の気持ちを乱暴に揺さぶる、変態クラスメイト・仲村。

 

ふと、すれ違った男が自転車を止め、後ろから何か叫んだ。

落とし物でもしてしまったのかと思い、イヤホンを外して振り返ると、男は再度叫んだ。

男「今度、デートしませんか!?」

私「は?」

アニメと似ていないようで似ているようで、やっぱり似ていない展開。

私「どこかでお会いしましたか?」

男「いいえ」

自転車をこちらへ向け、引き返してくる男。

男「友達になって下さい。メアド交換しませんか?」

私「…酔ってるんですか?」

男「いいえ」

確かに、受け答えははっきりしている。

私「いつもこういうことしてるんですか?」

男「いいえ」

こういうのって、常習犯だと思っていたのだけれど。

私「…知らない人に急に声かけるなんて、不審者ですよ?私はしませんけど、他の人だったら通報されてますよ。」

男「…そう…ですか…」

私「そうですよ」

周囲の店には飲み会を終えたサラリーマンたち、片付けをする従業員たち、帰路につく女性、会社員。淡々と話す私たちには、誰も疑問を抱いていないようだった。

男「あの…メアド交換しませんか?」

私「…酔ってますよね?」

男「いいえ」

男は自転車を路肩に止めた。

私は考えた。この事象は興味深いという意味で面白いが、連絡先の交換なんて危険すぎる。それに今後声をかけられても困る。諦めてもらうには…どうする?

私「あの…私、結婚してるんですよ」

答えはこれだった。結婚していると嘘をついたのは、初めてだった。同時に私の脳内には、この嘘を裏付ける準備のためか、架空の夫や架空の暮らしが浮かんでいた。

男「…そうなんですか…」

私「はい。ですから、もしお付き合いする女性を探していらっしゃるのなら、私はそういったことにはお応えすることができません」

男「そうですか…」

私「お付き合いする女性を探していらっしゃったんですか」

男「いやそういうわけじゃ…ただ、キレイだと思って…」

私「酔ってますよね」

男「いいえ。……でも……お付き合いしたいです」

私「それはできませんね」

男「そうですよね、結婚なさってますもんね…じゃあ」

急に一歩詰め寄る男。

男「あの…握手しましょう!」

私「ファッ!?」

差し出された手に私は三歩後ずさりした。

私「………」

男「………」

私「お気持ちだけ受け取っておきます。お気をつけて。さようなら」

男「はい。すみません。さようなら」

男は自転車に乗り、その場を去った。

 

イヤホンを耳にはめると、『惡の華』のエンディングが流れていた。

『花が咲いたよ 花が 花が咲いたよ』